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HOME > 司法試験〜短答の鬼 > 放火の罪

1.放火の罪の保護法益と類型

(1)放火の罪の保護法益
 社会法益とは、不特定または多数の人(公衆)の人格的法益や財産的法益の集合体である。社会法益は、(a)公衆の安全、(b)公衆の健康、(c)公衆の信用、(d)社会的な風俗に大別できる。
 刑法第2編第9章に規定されている「放火及び失火の罪」は、火力などにより不特定・多数人の生命・身体・財産の安全を危険にさらす公共危険罪である。したがって、放火の罪の第1次的な保護法益は、公共の生命・身体・財産の安全である。もっとも、「現に人が住居に使用する」「現に人がいる」建造物等を客体とする現住建造物等放火罪(108条)では、その建造物等の内部にいる特定の個人の生命・身体に対する抽象的危険も考慮している。また、他人所有の被現住建造物等放火罪や建造物等以外放火罪(109条1項・110条1項)は、自己所有の場合よりも(109条2項・110条2項)重く処罰される。これは、放火罪が個人の財産を侵害する毀棄罪の性格を有することを考慮しているのである。

(2)類型

放火罪 行為 客体 結果 犯罪の性格 未遂 予備
現住建造物等放火罪(108条) 放火 現住建造物等(自己所有・他人所有) 焼損 抽象的危険犯 処罰(112条) 処罰(113条)
他人所有非現住建造物等放火罪(109条1項) 他人所有 非現住建造物等
自己所有非現住建造物等放火罪(109条2項) 自己所有 具体的危険犯(公共の危険) 不可罰 不可罰
他人所有建造物等以外放火罪(110条1項) 他人所有 現住建造物等以外
自己所有建造物等以外放火罪(110条2項) 自己所有

その他の放火罪 行為 客体 結果 犯罪の性格
1項延焼罪(111条1項) 自己所有非現住建造物等・自己所有建造物等以外に放火して延焼 現住建造物等・他人所有非現住建造物等 焼損 具体的危険犯の結果的加重犯
2項延焼罪(111条2項) 自己所有建造物等以外に放火して延焼 他人所有建造物等以外
消火妨害罪(114条) 火災の際に消火を妨害 消火活動 妨害 抽象的危険犯

失火罪 行為 客体 結果 犯罪の性格
1項失火罪(116条1項) 失火 現住建造物等・他人所有非現住建造物等 焼損 抽象的危険犯
2項失火罪(116条2項) 自己所有非現住建造物・建造物等以外 具体的危険犯
業務上失火罪(117条の2前段) 業務上の過失による失火 現住建造物等・非現住建造物等・建造物以外等 抽象的危険犯・具体的危険犯
重過失失火罪(117条の2後段) 重大な過失による失火

激発物破裂・ガス漏出 行為 客体 結果 犯罪の性格
1項激発物破裂罪(117条1項前段) 激発物を破裂 現住建造物等・他人所有非現住建造物等 損壊 抽象的危険犯
2項激発物破裂罪(117条1項後段) 自己所有非現住建造物・建造物等以外 具体的危険犯
過失激発物破裂罪(117条2項) 過失による破裂 現住建造物等・非現住建造物等・建造物以外等 抽象的危険犯・具体的危険犯
業務上過失激発物破裂罪(117条の2前段) 業務上の過失による破裂
重過失激発物破裂罪(117条の2後段) 重大な過失による破裂
ガス漏出等罪(118条1項) 漏出・流出・遮断 ガス・電気・蒸気 人の生命・身体・財産に危険を生じさせる 具体的危険犯
ガス漏出等致死傷罪(118条2項) 漏出・流出・遮断 ガス・電気・蒸気 人を死傷させる 結果的加重犯


2.人の現住性と他人所有

(1)他人の現住性・現在性
 現住建造物等放火罪(108条)は、「現に人が住居に使用」しているまたは「現に人がいる」建造物等に火を放つ犯罪である。 。
 「人」とは、犯人以外の者をいう。したがって、犯人だけが現住・現在する建造物などは、「現住建造物等」ではなく、「非現住建造物等」または「建造物等以外」にあたる。また、犯人が居住者を皆殺しにして、家屋に火を放った場合も、「現住建造物放火罪」ではなく、「非現住建造物放火罪」にあたる。
 なお、108条の建造物等とは、建造物・汽車・電車・艦船・鉱炭をいう。たとえば「航空機」はこれにあたらないので、これを放火しても「現住建造物等放火罪」ではなく、「建造物等以外放火罪」が成立する。

(2)他人所有
 他人所有非現住建造物等放火罪は、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない他人所有の建造物、艦船または鉱炭に放火して焼損させる犯罪である(109条1項)。「汽車」「電車」が除かれている点で、現住建造物等放火罪(108条)と異なる。非現住の汽車・電車の放火は、建造物等以外放火罪(110条)の問題となる。
 自己の所有物であっても、差押えを受けている物、物権負担している物、賃貸している物、保険に付した物は、他人の所有物と同様の扱いを受ける(115条)。これらの物は、焼損によって他人の財産権が侵害されることになるからである。

(3)被害者の承諾
 放火罪は公共の安全を保護法益とする。個人的法益と異なり社会的法益・国家的法益については、個人が自由に処分できない。したがって、原則として社会的法益・国家的法益に対する罪においては、被害者の承諾によって違法性が阻却される余地はないことになる。
 しかしながら、放火罪は、公共の安全という社会的法益のほか、個人の生命・身体・財産も保護しているから、個人的法益の限度で承諾が有効とされ、違法性が減少する余地がある。
 他人の所有物であっても、所有者の承諾があれば他人の所有物ではなくなると解せられる。したがって、所有者の同意のある者を放火しても公共の危険を生じさせない限り(109条2項・110条2項)、不可罰である。

3.焼損

(1)予備、未遂、既遂と焼損
 現住建造物放火罪は、未遂も予備も処罰される(112条・113条)。
 予備は放火の準備行為であり、実行の着手前の行為をいう。実行の着手後、焼損まで至れば既遂であるが、焼損に至らなければ未遂にとどまる。
 未遂と既遂を分かつ「焼損」の意義についてはいくつかの見解が対立している。

(2)焼損の意義
 判例は大審院時代から一貫して、犯人が点火した火が媒介物(燃料・材料)を離れて目的物に燃え移り独立して燃焼を継続する状態をもって焼損が認められるとしている。しかしながら、依然として木造家屋が大部分を占めているわが国の住宅事情に照らすと、既遂時期が早くなり、中止犯の成立が制約されるとして独立燃焼説は批判を受ける。そこで学説の多くは、既遂時期を遅らせることを目的としている。  

/ 内容 批判
独立燃焼説 火が媒介物を離れ、目的物などが独立して燃焼を継続できるようになった状態 既遂時期が早くなりすぎ、未遂・中止犯の余地がなくなる
効用喪失説 火力により目的物の重要部分を損害し、その本来の効用が失われた状態 既遂時期が遅くなりすぎる 放火罪の公共危険犯的性格を軽視する
毀棄説 火力により目的物が毀棄罪にいう損壊の程度に達した状態(目的物の一部が損壊した状態をいうとする一部毀棄説もある) 独立燃焼に至れば目的物を損壊したといえるから、独立燃焼説よりも既遂時期を遅らせることができているか疑問
重要部分燃焼開始説(燃え上がり説) 目的物の重要部分の独立燃焼を開始した状態 重要部分という基準が不明確
燃焼継続可能性説 独立燃焼の開始後にある程度の燃焼の継続可能性が生じた状態 ある程度の可能性という基準が不明確


(3)難燃性建造物の燃損
 近年増加しつつある難燃性や耐火式の建造物の場合、独立燃焼が認められないから放火の既遂が認めることができないという、逆の方向から独立燃焼説が批判されることとなる。しかしながら、独立燃焼説を維持しながらも、難燃性の建造物についは建造物の構造・素材を考慮して、建造物に火力が加えられることにより、有毒ガスの発生等による生命の危険が発生すれば、燃損といえるとする見解もある。この見解に対しては、あくまで客体そのものの燃焼がなければ公共の危険は発生しないという批判がある。