| Home | BBS | Schedule | Chat | Blog | Links |
HOME > 司法試験〜短答の鬼 > 国民主権

1.国民主権の観念

(1)主権概念の沿革
 「主権」の観念は、フランス王権において誕生した。対外的にはローマ教皇・カトリック法王の権威からの独立性を示し、対内的には封建諸侯に対する優越性を示すものであった。J・ボーダンは、主権は国家の絶対的かつ恒久的権力であって、最高、唯一、不可分のものであり、すべての国家に不可欠の要素であると主張した。この主権観念は、他のヨーロッパ諸国に広まった。「朕は国家なり」の思想が支配していた専制君主国家では、「主権」は「君主の権力」という形で理解された。
 その後、近代自然法論に依拠する社会契約説の立場から、国民主権論が誕生する。ロックによれば各人の自然権の保全を基軸にし、その保全に必要な範囲で統治権力を国家に信託するのである。したがって、国民が国家権力を支え、国民の支持がある限りにおいてのみ、権力行使が正当化されるのである。
 同じ社会契約説でもルソーは、国民による直接統治を目指して、人民主権論を展開した。主権は国家を構成する全人民の共同の利益を欲して誤ることのない一般意思として構成され、その一般意思は立法意思と同じで、全市民の参加によって行使されるものとされた。

(2)国民主権
 今日では、国内において主権という場合には、2つの原理がある。ひとつは、政治社会を支配する統治権を最終的に正当化できる「権威」として観念する「正統性原理」である。もう一つは、政治的共同体のあり方を最終的に決定しうる「実力」として観念する「権力的原理」である。
 神権的な君主国家の場合は、正統性原理の契機は「神」であるので、問題となるのは権力的原理の契機である。
 世俗的な国民主権国家の場合は以下の2つの議論がありえる。

(3)国民主権と人民主権
 国民(Nation:ナシオン)主権は、「国民」が主権を有すると考える。ここにいう国民は、個人の集合体ではなくて、抽象的な人格である超越的なものである。「国民」によって政治権力が正当化されるので、国民主権は、正統性の原理としての意味をもつ。しかしながら、ここにいう「国民」は自ら活動できる具体的な存在ではないから、国家のあり方を最終的に決定できる「実力」として観念することはできない。権力的契機をもつのは、国民の委任を受けた代理人ということになる。
 他方、人民(Peuple:プープル)主権は、実在する個人の集合体である具体的な国民が主権を有すると説く。ここでの主権は正統性原理であるともに、権力的原理でもある。正統性の契機からは、国籍保持者の総体(全国民)として、権力的契機からは有権者団(公民団)として構成されることになる。正統性契機は、代表民主制(議会制)と、権力的契機は直接民主制と結びつきやすいとされる。

(4)憲法の規定
 憲法前文第1段の「国民」主権は、憲法が公民団としての国民を想定していることを考慮すると(79条・96条)、人民主権の考え方を採用しているといる。また、国民の公務員選定権を定めた15条1項も人民主権の考えからから権力的契機を示したものと考えられる。

主権者 意味
国民(ナシオン)主権 抽象的な人格としての国民 正統性の原理のみ
人民(プープル)主権 実在する個人の集合体としての国民正統性の原理(全国民)・権力的原理(有権者)



2.国民主権の意義

(1)国民主権概念の多義性
 主権の観念は歴史的に展開され、現在における主権の意義は多様である。伝統的な説明によれば、主権は、(a)最高権、(b)統治権、(c)国家内における最高機関の地位、(d)国家の意思力そのものを指すとされる。
意味 具体例
(a)最高権 自己に反して他より制限を受けないこと。国家の意思力の最高性、独立性、自主性。 「自国の主権を維持し」(憲法前文3項)「連合国及び日本国は、(中略)主権を有する対等なものとして」(サンフランシスコ条約前段)
(b)統治権 人に命令し強制する権利。国家が有する権利の総体。「国権の最高機関」(41条)「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国並びに吾等の決定する諸小島に局限せらるべし。」(ポツダム宣言8項)
(c)最高決定権 国家の政治のあり方を最終的に決定する権力または権威 「主権が国民に存する ことを宣言し」(憲法前文1項)「主権の存する日本国民の総意」(1条)
(d)意思力そのもの 国家の意思力そのもの。国権。統治権。「主権」は唯一不可分である。