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(1)留置権の効力
留置権とは、他人の物の占有者が当該物に関して生じた債権を有する場合に、この債権の弁済を受けるまで当該物を留置できる権利である(民295条1項)。留置権者は、特定の者を引き渡さなければならない義務がありながら、この義務を拒絶することで、当該物を占有し続けることができるのである。このように留置権の内容は債権者に特定の物を留め置くという留置的効力を中核としている。この留置的効力によって占有者の債権は弁済が心理的に促される結果となる。
留置権者はその物の占有を失うことで留置権は消滅する(民302条)。留置権は物の引渡拒絶を中核とするからである。したがって、留置権に基づく物権的請求権(引渡請求権)は認められない。占有を失った留置権者は占有侵奪を原因とする占有回収の訴え(民200条1項)を除いては保護を受けられない。
留置的効力を本体とする留置権には優先弁済的効力は認められない。そのため目的物の代償物に対する物上代位も認められない。
留置権者は債権全額の弁済を受けるまで留置物を留置できる(民296条:不可分性)。
(2)商事留置権
商法には民法上の留置権(民295条)とは成立要件の異なる留置権の規定がある。商行為の総則規定に、商行為に基づく債権の担保に関して、多数債務者・保証人の連帯(商511条)、流質契約(商515条)と並んで商人間の留置権(商521条)について定めがある。商法総則や商行為の各則規定にも、代理商(商31条・会社20条)・問屋(商557条・31条)・準問屋(商558条・557条・31条)・運送取扱人(商562条)・運送人(商589条・562条)について留置権の定めが置かれている。なお海上運送についても船長の留置権の規定があるが(商753条2項・国際海上物品運送法20条1項)、商法第3編「海商」は司法試験の出題範囲外である(司法試験法3条3項・司法試験規則2条1項2項)。
これらの商法上の留置権を総称して商事留置権と呼ぶ。これに対して、民法における留置権を民事留置権という。
民事留置権は、破産手続開始時に破産財団に属する財産につき存在するときは、破産財団に対してその効力を失うことになる(破66条3項)。民事留置権は破産手続において失効するので、破産管財人は民事留置権者に対して目的財産の引渡しを請求することができる。
商事留置権の場合は、破産財団に対しては「特別の先取特権」とみなされることになる(破66条1項)。したがって、商事留置権者は別除権者(べつじょけんしゃ)として(破2条9項10項)、破産手続によらないで、留置権を行使できる(破65条1項)。もっとも、商事留置権者の順位は特別の先取特権者よりも劣後する(破66条2項)。
(3)民事留置権の成立要件
民事留置権は、他人の物を占有している者が、その債権によって生じた債権を有する場合に成立する(295条1項本文)。(a)他人の物の占有と(b)物と債権の牽連性が要件である。その他、債権について弁済期が到来していること(民295条1項ただし書)および占有が不法行為によって始まった場合でないこと(民295条2項)も要件(消極的要件)である。
(4)商人間の留置権
商人間の双方的商行為によって生じた債権が弁済期にあるときに、債務者との商行為によって生じた債権の占有に帰した債務者の所有物・有価証券について、債権者に商人間の留置権が成立する(商521条本文)。これによって商人間の営業上の債権者は流動する商品について個別に担保権を設定・変更する煩雑さを避けることができる。
民事留置権が(a)「他人」の物の占有で成立するのに対し、商人間の留置権は、「債務者」の物でなければならない。また、民事留置権は、(b)物と債権との牽連性が必要であるのに対し、商人間の留置権は被担保債権と目的物との牽連性は不要である。牽連性は不要であるが、被担保債権を他人から譲り受けた場合には商人間の留置権は成立しない。商人間の留置権が人為的に作出されてしまうからである。したがって、商人間の留置権においては物と被担保債権との間に「一般的関連性」が必要であるといわれることがある。
商人間の留置権は特約によって排除することができる(商512条ただし書)。
(5)代理商・問屋の留置権
代理商は、特定の商人のためにその平常の営業の部類に属する取引の代理・媒介をなす者をいう(商27条・会社16条)。代理商は独立の商人であるから、支配人など商業使用人とは異なる。また、特定の商人の営業を補助する点において、広く一般的に媒介の委託を受ける仲立人とは異なる。
代理商の留置権は、取引の代理または媒介をしたことによって生じた債権の弁済期が到来しているときに、本人のために占有する者または有価証券について成立する(商31条本文・会社20条本文)。
目的物は、代理商が本人のために占有する物・有価証券であれば足りるので、商人間の留置権のように債務者の所有に属することは必要ない。また、債務者との商行為によって代理商の占有に帰したことも不要であるから、この点においても商人間の留置権より範囲が広い。
被担保債権は、取引の代理・媒介によって生じたものであることを要するが、留置する目的物に関して生じたことを要しない。すなわち、物と権利との牽連関係は不要であるが、商行為によって生じた債権であるだけでは足りない。したがって、代理商の留置権は民事留置権よりも範囲が広いが、商人間の留置権よりもその範囲が狭い。
代理商の留置権は特約によって排除できる(商31条ただし書・会社20条ただし書)。
代理商の留置権は問屋(といや)にも準用される(商557条)。問屋とは自己の名をもって他人の計算で物品の販売または買入れをなすことを業とする者である(商551条)。販売または買入れ以外の取次ぎを業とする者を準問屋といい、問屋の規定が準用される結果、準問屋にも代理商の留置権が準用される(商558条・557条・31条)。
(6)運送取扱人・運送人の留置権
運送取扱人は、物品の運送契約の「取次」を業とする者である(商559条1項)。
運送取扱人は運送品について留置権が認められる。これによって担保するのは、運送品に関して受け取るべき報酬、運送費その他委託者のためになした立替・前貸しに関する債権である(商562条)。留置の目的物は債務者所有に属していなくてもよい点で商人間の留置権と異なる。運送取扱人の留置権は運送品と被担保債権との牽連性を要するので、民事留置権と同様であって、商人間の留置権・問屋の留置権と異なる。また、運送取扱人の留置権は被担保債権が弁済期になくても成立する。
運送取扱人の留置権は特約によって排除できない。
運送取扱人の留置権は、運送人にも準用される(商576条1項)。運送人とは、陸上(湖川、港湾を含む)において物品または旅客の運送を行うことを業とする者をいう(商569条)。
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目的物の所有者 |
物と債権との牽連性 |
弁済期の到来 |
その他 |
民事留置権(民295条) |
債務者所有であることを要しない |
必要(その物に関して生じた債権) | 必要 | 不法行為によって占有を始めたときは留置権は成立しない |
商人間の留置権(商521条) |
債務者所有に限る | 不要(一般的関連性は必要) |
必要 | 特約によって排除可能 |
代理商の留置権(商31条・会社20条) |
債務者所有であることを要しない |
不要 | 必要 | 特約によって排除可能 問屋・準問屋に準用(商557条・558条) |
運送取扱人の留置権(商562条) |
債務者所有であることを要しない | 必要(運送品ニ関シ受取ルヘキ報酬〜) | 不要 | 運送人に準用(商589条) |
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